チキンボーンを投げ込め

先ずは雑記より始めよ。

僕の空想力がすっかり抜け落ちてしまう前に。今まで23年間頭の中に溜め込んでた空想ストーリーズを書き記してしておく。【オリジン編】

僕は昔から割と体の弱い子だった。だからというわけではないけど、外でボールを放るよりはポケモンキッズで人形劇をする方が好きだったと記憶している。

両親はレジャーや外遊びに僕をよく連れて行ってくれて、非常によくしてくれていたわけだが、僕はさっき述べたような性分なので、外に出ては手ぶらでテクテク歩き、ブツブツ言いながら空想で人形劇をやっていた。ここら辺までなら、まあ、誰にでもあることなんだろうけれど、僕は22歳になった去年ぐらいまでこれをどこでもかしこでもやっっていた。そのせいか家はリボルテックだらけだし、気味わるがられたりもするわけで、、まあ、付き合いが悪く独り言の多い、ちょっと変わった人になった。

しかし最近、特にこの一年になって、なかなか頭の中の人形劇が進まなくなった。アニメを見なくなったせいなのか、忙しくなったのか、それとも単に幼児期を今抜けたところなのか、たまーにストーリーを練り直してもなかなか前に進まない。僕の破滅的な妄想力もここらで色々一区切りのようだ。

そこで今日は僕が頭の中に書き溜めていた(?)ストーリーを覚えている範囲で書き遺し、供養してみたいと思う。「こんなん俺もやってたわあ」とか、「これおもしれえじゃん映画化しよw」とかあったら、是非お声かけいただきたい。(あざとい)

 

 

ストーリーの種類

僕の空想ストーリーはまあ、今では2本、多い時は4本脳内で連載していたわけだが、それらには大きく分けて3種類ある。

①完全妄想型

(多分)僕の世界で唯一のアイデアで書かれたもの。でもその頃の流行り物とかに左右される。妄想ネタに限りがあるとあっという間に進まなくなる。またいらない考察とかが入ってダレることがある。でも設定から作り込む点では楽しい。

②二次創作型

当時見ていたアニメ、漫画の世界に「こんなんあったらいいなあ」を作ったもの。

外伝という認識で作るものもあれば、世界観や設定だけお借りして作ることもある。元ネタがある分ストーリーが進みやすいが、元ネタが足枷になることも多い。

③自分がなっちゃう型

授業中に「今日ここにデスノートが降ってきたらさあ、、俺どうするかな、、、、」みたいなのを大真面目にやる。大概恥ずかしくなってやめる。

 

 

ここまで打っててぶっちゃけ枕に顔を埋めてバタバタしたくなってきたが、供養のために書いているのでここは諦めずに進めて行きたい。

これらの種類はよく混ざって、②+③漫画の世界に俺入っちゃう型とかになることをご注意いただきたい。

 

それでは時系列別に作品を振り返ってみよう。

 

 

 

 

幼稚園・小学生期(1996~2005)

黎明期である。妄想力が足らんのか、二次創作が多い。あと詰め込みたがり。

1.とにかくなんでもやる戦隊シリーズ(1998〜2000) ②二次創作型

出始めはこれ。とにかくロボットをひたすら増やす伝説の獣なんかも呼んじゃう宇宙で合体もバリバリやる。シルバー、パープル、レインボーなんかも出した記憶がある。毎月クリスマス商戦状態の戦隊ヒーロー。挙句40個ぐらいのロボが一堂に会し合体する。これをニューブロックで実際に組んでたんだから驚き。ロボの戦闘方法にも色々あって、陸、空、海、余裕で宇宙、なんか凝ってバイク大の都市戦闘用なんかも発明した。

ちなみに等身大での先頭パートは一切ありません。毎週日曜日朝7:52分ぐらいの状態からしか考えてないので、隊員の性格、性別一切不明。詰めが甘い。

多分メガレンジャーギンガマンのキメラ。

2.荒法師(2001〜2003) ①完全妄想型

和テイストに憧れてやっちゃった系の短編。無駄に知恵がつく時期なので何度も設定を作り直してやっていた。

右腕に呪いの数珠を埋め込まれた荒法師(主人公)とその仲間(4人ぐらい)の、鬼(oni)討伐のプロセスと戦闘を主に描く。というかそこしかやってない。途中にやっぱり荒法師が呪文の書かれた封印の刀を振るい出す。インスピレーションは時期的に多分犬夜叉から得ており、最遊記RELOADを見てからストーリーが一気に血生臭くなった。

3.ぼくのかんがえたぽけもんとすごすにちじょう(2002〜2005)②-③混同型

いよいよ空想の魔の手が日常に伸びる。まあ単純に、ぼくがポケモン持ったらあの脚速い奴もガキ大将もポケモンバトルじゃ対等だという当時からの肥大化したコンプレックの元に始まったのでポケモンを扱うにしちゃタチが悪い。当時ちょうどルビー・サファイアの全盛期だったので、パーティはジュカインハッサムメタグロスヘルガーワタッコメガニウム。ジェットコースターに乗るときなんかもこう、ジュカイン出して、コナンの第1話の犯人みたいな軌道で動かして、乱入してきた店員(ロケット団)(赤の他人を敵にして失礼)のドガースなんかをリーフブレードでバッサリやったりしていた。あと学校でポケモンリーグなんかもやった。校舎をバトルフィールドにして樹海で戦う妄想したのは確実にNARUTOの木の葉崩し。無事校内1位になりましたとさ。そして最後はやっぱりマンネリ化してレジ三兄弟召喚したりとかした。レックウザを呼ばなかったところがかわいい。

 

 

 

 

 

ここまで書いて結構な量になったので一旦一つの記事に。後編【○部作シリーズ】とうとう厨二時代に入ります。お楽しみに。

 

 

【就活終わったので雑記】就活の軸なんてみんな自分への言い訳だからみんなは意地でもロジカルシンキングなんてすんなよ

就活を終えて7月。短期決戦と言われた17卒就活も終わって今日はまとめというより雑感というか、罵詈雑言を綴りたいなって。

結論を話すと就活は自分がやりたいことをロジカルにでっち上げる作業でしかなかったという話。

 

 

俺の就活がどうだったか

まず自分の就活の話。世間の動向など全然聞く耳持たず3月から律儀にエントリスタート。それまではサマーインターンなどぼちぼち受けてたが就活嫌すぎて寝込んでた。

行くつもりだった業界は教育。物心ついた時からなんか教育の道に進みたくて、某国立の教育学部へ。入った後も学生団体じみたとこでずっと塾やったりしてたから、行ける自信はあった。

でも就活が始まると見事に当初いきたいと言っていた教育大手は全滅。それでも人の成長に関われるからと某人材企業に行くことになりました。教育したい大学生にはおきまりのパターンらしい。結局大失敗だったわけだね。

何が失敗だったのか

失敗した理由は単純に人事に意地悪な質問されたり、他の業界の人々と話していく中で大幅に自信を失ったことにあると思ってる。志望動機などいろんな企業で喋ってて「ん?何言ってんだ俺」みたいになりまくってた。そんなに人を育てたい理由、いわゆる原体験なんて何もないということに多くの人の目から見るとないらしい。ロジカルには。そこで僕は綺麗に折れた。ここで折れるってのは中学生ぐらいからの教育したいって気持ちが嘘だったことを意味するから、自分の人生に疑問符がついて大幅に落ち込んだ。あーあ。

そこで折れる必要があったのか?

就活でされる質問の数々、生まれる疑問の数々は素朴でシンプルだからこそ、それまで何も考えなかった自分の生き方を根本的に問うてくる。ように思える。

それらの質問はシンプルで、また赤の他人から発せられる分遠慮がない。そしてこれら質問の決定力を上げているのがロジカルシンキングってやつだ。ロジカルな思考と呼ばれるものは成人同士の会話の共通言語だ。それに見合わないと僕らの言葉は全部「通じない」言葉として扱われるらしい。それだけだ。つまり僕が語る漠然とした言葉の数々は意味として通るか通らないか、とか自分にとって大事かどうか、にかかわらず単に意味をなしていないだけだったのだ。自分が思い、人生の一部としてきたことには、言葉にできるできないに関係なく、意味は確かにある。

じゃあそんなに折れる必要はない。通じてないだけ、それだけ。

いわゆるロジカルなものに合わせて変化できるやつは強い

多分就活の時にこう言う指摘を数多く食らって、こだわりなく修正する奴らは多分強い。ロジカルに行けるかどうかって基準に合わせてそれを自分のやりたい事を作り、それを持って合う業界に行けばいいだけ。だから就活強者にはマスコミ志望がいつの間にかメーカーで5、6個内定取ってましたーって話にもなる。

でもそれって幸せかな、かっこいいかな

でもそういう奴らって幸せかな、かっこいいかな。

20年の自分の人生にケチつけて、理由が通るか通らないかで自分の思いを値踏みして、自分の人生の転換点を大転換にしすぎるのは後の後悔(というより違和感?)に結びつくだけじゃない?

幸か不幸か日本の企業は人柄採用だから、就活生は働く理由を考えすぎると思う。結局理由がしっかりしてようとなかろうと、自分に疑問を持たず、ぎりぎりまで初志貫徹できたものが一番強いと思う。その初志の部分は、ビジネスになり得るのかとか、ロジックが通るかとかそんなもんじゃないだろう、多くの場合。無理でも続けよう、いつか本物になるから。とんかつがいつの間にかグルーヴを産む時だってある。

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とんかつDJアゲ太郎 5 (ジャンプコミックス)

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就活の間までは夢は夢のままでいいじゃない

自分もそうだったから苦しんだけど、就活に納得がいかない人って、自分の思いに頑固な人が多いと思う。何かが変わっちゃう時にそれまでの自分に申し訳なさを感じるとか。自分はそんな人間じゃない!って苛立ちが湧いたりとか。そこの部分を企業様に納得させようなんて正直キッツイ。そこを出せなんて言ってくる企業様はもっとキッツイ。だから自分の働く理由なんかじゃない。どうせ働くなら、、、とかじゃない。自分が夢を叶える理由だけ他の人の言葉はスルーで考えようじゃないか。

だから、嘘をつくなら自分じゃなくて企業に

だから自己分析なんかしない。自分がやりたいこと、自分のやりたいことなんて就活するときの第一声でいいじゃん。その他にやりたいことなんて見つかんねーよ。やってきたことをできるだけダイレクトに続ける方法だけ考えよう。

そのために、企業には目一杯嘘をつこう。あいつらは僕らの言ってることに市場価値があるかどうかだけ見てるんだ。そこだけひねり上げてでっち上げよう。嘘つき大会だぜ!

 

続けることで本物にしよう

自分がやりたいこと、やってることを企業で続けられないのはクソだ。何かを実現する立場になれるのに、そのスタートラインで捻じ曲がるなんてクソだと思ってる。続けることで本物になるから、それを延長する方法だけ考えようぜ。それがわだかまりなく生きる唯一の方法になると思う。続けてやっと、後々生きるものになるから。それを市場で査定されて初めて、自分が働く理由がーとか市場価値がーで悩めばいい。

 

 

 

 

 

僕も就活の中で山ほど妥協したけど、最後に40歳までに叶えたい夢だけは企業様に言わずに残した。みっともないけど。きっとそれは後から生きると思う。それまで我慢。

 

 

 

(この論理的にあまりにまとまりのない文章は58分でバイト入り前の隙間時間で書かれた) 

 

とんかつDJアゲ太郎 アゲ太郎 ステッカー

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【シビルウォー:キャプテン・アメリカ】俺はスティーヴ・ロジャースなんて大っ嫌いだ【ネタバレまみれ】

=====ネタバレ、というか見た人にしかわからない話するので注意=====

 

 

 

 

 

 

 

公開日までうずうずして待ったシビルウォー:シビルウォー:キャプテン・アメリカ、今しがた終わったのでレビューさせてもらいます。レビュー記事なんて初めてだしよく一旦意味を反芻して、なんて言うけれど鑑賞から30分ほど経って3kmほど散歩してからもどうも治らないこの感情には意味があると思ったからレビュー書き残す。

 

 

 

スティーヴ・ロジャースなんて大っ嫌いだ。

 

 

 

ヒーローの定義なんて人それぞれだしその違いがあるからこういうVS系の映画なんて面白いのだろうけれど、「お互いの中に胸糞悪いモノを産んで反芻させる」という一点のみにおいてはこの映画は本当によくできているのだろう。原作読んでないけどそれだけはなんとなく理解できる。「悩むヒーロー」の映画は数あれど、こんなに「悩もうとしないヒーロー」の映画を見ることになるなんて。アーーー胸糞悪い。この一点に尽きる。

 

作劇という点においては本当に完璧だった。と思う。各陣営の言い分や動機、明かされていく謎やアベンジャーズを取り巻く環境の変化、、、一度きりの鑑賞でも無理なく、でも余すことなく頭に入ってくる情報量だったし、やっぱり大乱闘を描くアクションシーンはいつ見ても痛快だった。(せっかく機動力がウリのブラックパンサーとスパイダーマン呼んどきながら立体物の少ない開けた飛行場で戦闘すんのもったいねえなあとは思ってたけど、アントマンの巨大化と屋内戦闘がちろっとあったからどっちでもいいや)

 

 

だからこそ色濃く頭の中に残ったもの。「バッキーの罪を隠したスティーヴ・ロジャースの傲慢」。ここだけ本当にがっかりしたし、他がスッキリ鑑賞できた分ここだけずーっと心に残った。

人は悩むことを固辞していいのか?

今作のウリは「キャップとアイアンマンの苦悩」にあったと思うけど、正直スティーヴ・ロジャースは最後まで悩んでなかった。いや悩まないでいることが正しいと、最後まで盲目に自分を過信し続けたようにしか見えない。世の中のリーダーってみんなああなのか?高尚な精神てのはいいもんですねえ。

 

序盤に見せつけられたとは言えすべての人々に敬意を払い、悩みや価値観を共有し続けようとしたトニー。事実スティーヴ・ロジャースには妥協案を何度も持ちかけたし、計らい続けて最後に折れたブラックウィドウには頭の下がる思いである。

 

しかしあのスティーヴ・ロジャースときたら。俺みたいな根っからのいじめられっ子にはとても考えの及ばない思想をさぞかししてらっしゃるのであろうが、なんつーかあーいう「人を導くヒーロー」であり続ける努力って意味があるのかな。大義のためならば、高潔に振舞おうとする努力のためならば、秘密も許されるし、罪は恩赦されるんだろうか。アントマンをスカウトした時の「私も犯罪者だ」がバッキーの罪を知った上でのものなら、些か自嘲的すぎやしないか。その上であんな笑みができるのか。

 

 最後にバッキーの罪が暴かれた時、トニーの行動もスティーヴ・ロジャースの見立ても全てが無に帰した。お互いにやり場のない思いに崩れるしかなかった。

怒りのやり場を失ったトニー。それに応戦するスティーブ・ロジャース

なんでこの構図でスティーヴ・ロジャースにあんな力が出る?全くわからない。アイアンマンのメットの中から見たスティーヴ・ロジャースの目はもう正気じゃなかったように見えた。そしてキャプテン・アメリカは意味のない勝利を手にした。存在するのかどうかすらわからない大義を賞品に。

なんであの後崩れ去ったアイアンマンをあんな尺で見せた。なんでその後立つのもままならないローズを見せた。本当にあのシーンは二度と見たくない。あの虚しい勝利を手に入れたスティーヴ・ロジャースの心中を推し量る脳みそは僕にはないが、あのシーンんで強調されたのはただただ敗者の惨めさでしかなかった。ああこれはどちらかが勝者で、どちらかが敗者になるものだったと、くっきり見せるための映画だったのか。その意味はともかくとして。

 

 

付け加えてにはなるが「自由」に固執するあまり理性(ヴィジョン)の元を離れたスカーレット・ウィッチも、何か考え方をキッパリ二元論で決めたホークアイにも、悩むことの意義をもう一度考えて欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悩み続けた人と、悩むことを固辞した人。その差がヒーローとしての差なら、なんかバカバカしい。

 

 

 

 

 

 

 

とにかくいい映画であり、強く琴線に触れることは間違いないです。

あの時置き去りにしたヴィブラニウムの「曲がらない」盾を、より柔軟に、一人の人間としての素直さを手に入れたキャプテン・アメリカに握ってほしい。

以上

 

 

ブログ名を決めました(変更しました)

このブログ初投稿して1ヶ月、若造ですが記事のアイデアが浮かんで消え、浮かんで消え。ブログって本来そんなに格式ばったもんでもないと思うけど…

そんな訳でぐちぐち迷ってましたが、ひとつだけブログに投稿します。「ばぐばぐもくじろぐ」ってぶっちゃけ語呂で決めたからスッカスカな気がして。

ブログ名を正式に今日から
「チキンボーンを投げ込め」
にします。

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ファミチキからも骨が消えた昨今なんでチキンボーンか。チキンボーンってなーんだ。僕の大好きwiredから下の記事をどうぞ。

チキンボーンっていうモノにはつまり「生活の記録」「生きた跡」「僕の周りのヒトと仕組みの在り方」の意味を入れてます。僕もその経験も所詮環境の作った廃棄物。チキンボーン。僕の汚ったない駄文に徐々にそういうモノが見え隠れするといいな。それをネットの海にブン投げる!誰かリサイクルしてくれ!無責任か!!!!以上。

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ムダ遣いには自分の思いとコンディションが出ると思うし、どんどん出していけ。

今週のお題今週のお題「今年買って良かったモノ」


、、、の続き。

 

ムダ遣いが大好きだ!

ミニマリストなんてヒトたちが跳梁跋扈している。彼らは積極的にモノを棄て、自らを取り巻く不要な選択肢を切り捨てることで自分たちの生活を高めようとしている。この前ミスターサンデーで取り扱ってたせいか、かなり見かけることが多くなった気がする。はてなブログでも滅茶苦茶多くないか最近。(ちょっと古いか)

そこに対して、アンチというか、「それって快適か?」みたいな議論も同じぐらい湧いている。まあアンチはどこに湧くにしても、よくもまあこんなにいるなと。

で、別に「シンプルでカジュアル、かつ合理的なミニマルライフ」も否定するどころか好きだけど、それでも僕はどちら派かといえばムダなモノが大好きだ。狭小な家に好きなものをひっくり返して住む、オタクツボとか楽しくない?自分の家ぐらい自分の好きなモノで溢れていて欲しい。

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ということで「ムダ遣いも良いモンだな?」と思わせる?今年楽しかったムダ遣いを書く。

というわけで「今年特に多く買ったムダなモノ」を紹介する。


ステッカー!!!

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これ全部今年のだ、、、年間通すと5000円ほど使っている。スターウォーズビックリマンなどという俺しか得しない系の00年代臭満載のアイテムは20パックほど買ってしまっただろうか、、、(ボバ・フェットがすき)


他にも好きな古着屋さんで買ったりもらったり、1回こっきり行ったカフェのトイレに置いてあったりしたモノもある。思い出だけじゃなく、その時の気分が良く出てる。ムーミンとか特に。

ムダ遣いなので効果をわかりやすく説明出来ない。(ブログに書く意味が無い?)

なんだか縄張り意識が芽生えてくるね。「俺あそこで服買ってんよ!」とか「俺こんなん聴いてんよ!」とかちょっとオラついた気持ちになれる。ステッカーがきっかけで話すことも意外と多い!

自分のナワバリをたくさん張って、その交差点にいるイメージだ。そこでワンワン言ってる。

(多分この趣味はエア・ギアのせい)


丸だったり、三角だったり、色んな形をしたモノを、スペースを埋めるために買ったり、逆にお気に入りだからと言って別のステッカーの真上から貼ったりさして、やたら非生産的なことを繰り返して現在の形になってる気がするな。良いんだムダだから。

 


リサイクルショップの古着!!!

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古着屋JAM(ジャム)


金があれば古着を買った!

しかも後半はほとんどリサイクルショップだ!

リサイクルショップは楽しすぎる。自分の好きなモノとか服が1店舗に2つぐらいの割合で見つかる。特に古着はモノだけじゃなくてサイズ、コンディションなんかの要素が複雑に絡むから、これっていうのを見つけるのが難しい…だから出会えた時のワクワク出会えなかった時のイライラがすごい。買えた時はすごい。大概財布にも優しい。本当に「コレだ!」て感じが気持ちいいのだ。そして3回着たら肥やしとなるのも様式美だな?でもまた半年後に掘り出して着るのも快感だな?

古着は本当に究極の選択を求めてくる。「また今度来るか」は全く通用しない。次の瞬間には消えている。Amazonにも落ちてない。まさに「これ性」の塊なのである。

大古着雑誌チョキチョキを置いておく…



クソほど増えた飲み会!!!

ああもうモノですらない。

 でも今年は飲み会を全く断らなくなったと思う。飲みニケーションとかは絶滅しろと思ってるけど、飲み会でいつもと違うヒトとか食べモノに触れるチャンスは見す見す逃さないって姿勢だろうか。

ステッカーとか古着と、同じようなモノを飲み会に求めるようになったと思う。金とかなんとかじゃなく、この人とは会っとかなきゃなとか、この美味いモノを今食べたいなとか、その場の感情にすごく正直な消費をするようになったと思う。



モノに思い入れを込めたり、モノにその時の思いとか感性を記録してるんだろうか。色々な売り方や買い方が出てきた分、消費はそれこそぐっと当たり前で身近になったなら、使う使わないとかじゃなく、その場の感情の表現と記録として消費するのはすごく贅沢で価値のある遊びだ、と思うけどどうか。モノを通して過去の自分が何かを伝えてくれるし、その時の思いをモノとして使うことも出来る。どうか。貯金は0です。



前回

機能が絞れたモノを持つと、カラダの一部になる感じがして大好きだ。 - ばぐばぐもくじろぐ

機能が絞れたモノを持つと、カラダの一部になる感じがして大好きだ。

今週のお題「今年買って良かったモノ」

 

uni JETSTREAM3 0.38mm ブラック

CASIO F-91W
今年買ったモノでスタメンフル出場を果たしたのは圧倒的この2品。
 
 
uni JETSTREAM3 0.38mm 透明ブラック
最強のボールペン(だと思うけどどうかな)コンビニなんかで売ってて一般的に使われてるのはSARASAとかfrixionの印象が強いか?とにかく僕はこれを5つほど買いだめして使っている。
ジェットストリームと言えば今更紹介不要ってぐらいの人気ブランドボールペン。とにかくインクがゴイゴイ出てくる。一度使い始めたらインクが擦れないし、とにかく均一に濃く出る。ごいごいすー。そして一筆一筆全力でインクを出してくれるから、切れる時はスンッて切れる。これも大事で、変な期待をせずに使い切りのタイミングを見極められるしね。
0.38っていう太さもいい!見栄えが良くて大きくノートに書いてもしっかり視認出来て、ギリギリ手帳の紙が破れないぐらい。つまり万能。クソ有能。
そこに3色っていう完璧な色数が加わる。この3色って色数は「これだけあれば十分だから、あとはこれだけで頑張れ」ってメッセージだと勝手に受け取っている。このペンに合わせてノートを取れば、ペンを持ち替えたりフタを開けたりっていう動作を最大限に省いてシンプルで良いノートを作らせて頂ける。ありがてぇありがてぇ。これ持ったらもう筆箱がいらん。常に身に着けるようになった。むしろどこにいても書くようになった。これは良い癖。
 
あとJETSTREAMは丸つけ専用にするとめちゃくちゃ気持ち良い。1.0mmだとヌルンッて丸がつく。「丸つけ」っていうポジティブなのに作業化してしまった動作をサイコーに楽しくしてくれるな?ある意味JETSTREAMの特性を存分に活かした使用法かもしれない。
 
 
CASIO F-91W 

 

 

今年のチプカシ流行の筆頭格だったので、チプカシで唯一持っているこれをチプカシと呼んでいる。
最強の腕時計!!!
JETSTREAMはまだ上があるかもしれないけど、こっちは譲れない。まごうこと無き最強の腕時計。
といってもそれを知ったのはこのサイトのせい…
 
庭に20年埋めても壊れない
もうこれだけで買う価値ある。なんか色々実験したくなるわ。実際遠泳しても壊れないとか、正確さの余り時限爆弾に使ったとか、数々の逸話を残し続ける…
 
 
勿論実用性は折り紙付きで、つけてみると、これ以外の時計の出番がほぼ無くなる
走りに行くの?チプカシ
スーツ着るの?チプカシ
おしゃれするの?チプカシ
 
ってなる。なんでって着けてる感じがほとんどしないという最強の強みがあるからだ。
それは見た目的にも、感覚的にも言えることである。
まず見た目。真っ黒で細身、多少青のアクセントが入った良デザインは服装をン全く選ばない(というか違和感がしないぐらい目立たない)し、チラと見えた時「あーGショックねハイハイ」と流して貰える…気がする。案外とどんな服装してても違和感が無いし、慣れてるという感じが出るのでスーツでも半端に高い時計よりはこいつを選んで着ける。
感覚の話をすると、軽さがでかすぎる。いつもの時計だったら講義中外したりして終わると着け直すけど、この時計は講義終わって「あ、着けてた」って声が出る。まじ。意識から消える。よってスポーツ中も全く気付かない。スポーツする時って案外と時間を計ることが多い。そうした時に動作を邪魔せず、尚且つ軽いこの時計は強すぎる。そして1000円だから、変に身体動かして傷ついたりしても「アッアッ」てならない。つーかそもそも軽いしウレタンだから傷がつかない。裏に塩とか溜まっても、爪楊枝でカッカッてすれば大体取れる。構造がシンプルだとこういう時強い。
 
買ってから週6でこの時計。ちょっとデザインがヒーロー然としてるので、変身ベルトのつもりで大事につける。でも大事にするのはこの時だけ。あとは外す時まで意識の外
 
 
 
この2つは今年買って良かったというか、今年の「買い物の仕方」を象徴する2つだったと思う。
・軽くて
・シンプルで
・最小限の機能
この3つがあればあとなんでもいいって買い方してたな今年は。こういうテーマでユニクロタートルネックニットとかを買ったり、逆にこれを追求するためにiPhoneのケースを外したりした。あと手帳のカバーも外したかな?
 
 
 
 
ここまで来ると「おっおっお前ミニマリストか?お前ミニマリスト気取りだな?」って思われそう。
 
 
でもこれは機能の追求であって、棄てるのを目的にはしてない。
なんていうのかな、シンプルでかつ高性能なモノって本当に便利で自然に使えるモノであればあるほど存在を意識しなくなって、持ってるだけで機能が自分の中に入って来る気がする。JETSTREAMだと書く能力が身について、かつインクが切れると感覚的に喪失感がある。タートルネックのセーターだってもう冬の皮膚って感じだ。ちょっと強くなれた気がする。本当に自分に合ってるモノ、棄てられないモノってこういうモノを言うんじゃないだろうか。イッツサイボーグ。ノットアミニマリスト
 
 
 
 
なので次回は「今年買ったムダだけど楽しいモノ」を勝手にぶちまけよう。